デス・オーバチュア
第105話(エピローグ1)「メイドさんの再就職先」




「お嬢様、お嬢様、クロスティーナお嬢様、朝です、起きてください」
私の一日の仕事は、お嬢様をお起こしすることから始まる。
「…………」
お嬢様はとても寝起きが悪……いえ、眠りが深い方でなかなか素直に目覚めてはくれません。
こういった時役に立つのが……。
「ルーファス様から頂いた天降槌(てんこうつい)『桜』……まさか最初に吸う血がお嬢様のものになるとは思いませんでした……」
私は桜色のハンマーを振りかぶった。
そして、迷わずお嬢様に向けて振り下ろし……。
「だああっ! ちょっと待ちなさい、ファーシュ!」
「おはようございます、お嬢様」
私はハンマーをお嬢様の顔面を叩き潰す直前で止めると、朝の挨拶をした。
流石、お嬢様、どれだけ深い眠りに落ちていても、殺気には敏感に反応されるのですね。
「……お……おはよう……あなた、あたしが起きなかったら、まさか、あのまま……」
「ええ、そこまでお起きにになりたくないでしたらいっそ永遠の眠りに……」
「だああっ!?」
「冗談です、お嬢様……半分は……」
「半分は本気っ!?」
「心配無用です、お嬢様。ちゃんとその時は私も後を追って、あの世でもお嬢様のお世話を……」
機械の私があの世に……お嬢様と同じ所に行けるかは謎ですけどね。
「そういう問題じゃないわよ! なんで寝坊ぐらいでメイドに殺されなきゃならないのよ!? どこの世界にそんなお嬢様が居るのよ!?」
お嬢様、相変わらず朝からテンション高いですね。



ファントムの本拠地、いえ、ブラックという国があった全ての領土が跡形もなく消え去ったのは一週間前。
姉さん達と合流するのが後数秒遅れていたら、私も一緒に跡形もなく消し飛んでいたことでしょう。
まあ、そんなわけで? アンベル姉さんが私込みでこのクリアという国と契約してしまっていて、何だかんだで、私はこのハイオールド家でクロスティーナお嬢様付きのメイドとして働くことになりました。
不満はありません。
私はメイド(奉仕型機械人形)、主人がいなければ生きられない、丁度前の主人であるケテル様を失ったばかりの私には、確かに都合は良かった。
中央大陸の形が変わってしまい、再び結界が張れない以上、パープルの地下に一人戻っても殆ど無意味ですしね。
「〜〜〜♪」
今、私はモップで廊下を掃除をしています。
このモップは今朝、お嬢様を起こすのに使ったハンマーと同じものだったりします。
先端が付け替え可能で、ハンマーから、モップ、竹箒……などなど、これ一本でメイドの仕事に必要な道具は殆ど賄えるというとっても便利なアイテムです。
素材も天降鉄(てこうてつ)こと隕鉄(いんてつ)……空から降ってきた隕石を元に作ったそうで、物凄く丈夫で軽くて使いやすいです。
なんでも、ある堕天使様から頼まれた刀を作る際の実験品だそうですが、それがなぜモップや箒になるのかは謎ですが……私にはとってはこの天降槌『桜』が使いやすいアイテムということが全てです。
ちなみに武器名が天降槌で、個別の銘が桜です。
「廊下のお掃除終了。さて、次は……」



調理場(キッチン)には入れませんでした。
なぜなら、無数の鎖が所狭しと調理場を荒れ狂っていたからです。
「……リンネ様……」
青い割烹着を着た女性が、青紫の短剣と長剣を振り回しています。
「あら、ファーシュ……ふふふ……昼食は私が作るから、あなたは休んでていいわよ……」
「……リンネ様、料理するなとは言いませんが……せめて、鎖と神剣を使うのはやめてください。普通に包丁やおたまを……」
「ふふ……だって、こっちの方が慣れているんですもの」
リンネ様の周りの空間から生え出している無数の鎖達が、ボウル、フライパンなどの無数の調理器具を掴み、すりつぶし、炒めなどの作業を同時に行っています。
「ふふ……」
リンネ・インフィニティ様。
ルーファス様の義姉君にして、魔界の双神の一人魔眼皇の第一妃……。
「塩、胡椒、みりん……えっと後は隠し味に白ワインを……」
「あ、リンネ様、それは極東酒です!」
「あら、そう? それからお醤油を……」
「それはソースです、リンネ様……」
一見、鎖を使って一人で何人分もの作業をしていて、料理の達人のように見えますが、リンネ様はあまり料理はお上手ではありません。
それなのに、よく料理をしたがり、私の仕事を奪います。
下手の横好きとはきっとリンネ様のためにある言葉でしょうね。



「……で、これは何でしょうか、リンネ様?」
昼食時、テーブルに並んだ料理を見つめつつ、私は料理人に尋ねます。
「ふふ……おでんよ。おでんとは、蒟蒻(こんにやく)・里芋・大根・竹輪(ちくわ)などを醤油味で煮込んだ料理。見るのは初めてかしら?」
「はあ……確か……東方の料理ですよね……」
私が聞きたかったのは、なんであんなに包丁代わりに神剣を振り回したり、炒めたりしていたのに、こんな煮込むだけの料理になっているのかということなのですが……。
「OH!オリエンタル(東方風)料理ネ! 素敵にファンタスティック(風変わり)ネ!」
珍しいもの好きのバーデュア姉さんには好評みたいです。
それにしても、相変わらず姉さんの言葉遣いは胡散臭いですね。
「まあ、食べれるだけマシよね、あなたの料理にしては……」
クロスティーナお嬢様が卵を口の中に放り込みながら言った。
ええ、そうですね、お嬢様。
確かに、いままでリンネ様が作られた料理はとても『食べられないもの』も多くありましたものね。
見たこともない料理、一目で人間の食べ物じゃないと解るもの、一見美味しそうで食べたらとんでもない味がしたもの等々……。
「あ、狡いですの、お姉様! 卵さんを独占してますの!」
「フッ、甘いわね、フローラ。みんなで囲んで食べる料理は早い者勝ちなのよ! この前の鍋の時にそれを学ばなかったあなたの未熟が敗因よ!」
ビシッと箸を妹君であるフローラ様に突きつけるお嬢様……お行儀悪いですよ。
リンネ様は格好からも解るように、東方派なようで、鍋料理などの中央大陸では珍しい料理を作られます。
それまで鍋料理など食べたこともなかったお嬢様ですが、今日までの数度の戦い(食事)で、お嬢様なりの鍋料理の戦い方(食べ方)が確立されたようです。
「…………」
タナトス様は黙々と蒟蒻や白滝を食べています。
小さな口でもぐもぐと無心に食べてる様はとても愛らしいです。
しかし、白滝も細く作った蒟蒻なわけで……タナトス様はそんなに蒟蒻がお好きなのでしょうか?
味も殆どなく妙な食感の食べ物にしか私には思えないのですが……。
あ、今度は厚揚げ……お豆腐に手を伸ばされました。
「ああ、お姉様、その竹輪さんはフローラが狙ってましたのに!」
「何よ、竹輪ならまだ他にもあるじゃないのよ」
「その竹輪が良かったんですの!」
「我が妹ながら意地汚いわね……」
「一人で卵さんを全部食べてしまったお姉様に言われたくないですの!」
「むぐ……食事中に喧嘩をするな、お前達……」
「ふふ……具が無くなったら、鍋にご飯を入れて食べましょうね……以外といけるのよ……」
いえ、その食べ方はちょっとどうかと思いますよ、リンネ様……。



昼食が終わると、タナトス様は鍛錬に出かけられ、お嬢様はお勉強のために部屋に立て籠もられました。
掃除や洗濯などは午前中で全て終わらせましたし、今日は良い天気なので、フローラ様とバーデュア姉さんにつき合うことにしました。
場所は花畑。
フローラ様はよくここで花を摘んで遊ばれたり、お昼寝されたりします。
一応フローラ様付きの侍女(怠け者でいい加減な姉さんをメイドとは呼びたくありませんが……)ということになっている姉さんはそれにつきあい……というかいつもここで昼寝をしています。
まあ、確かに、バーデュア姉さんの動力源のメインは太陽(ソーラーパワー)発電なので、ある程度のこうした日光浴は必要なのでしょうが、ここまで毎日、日光に当たる必要はないはずです。
一応、私達姉妹は全員、『核』エンジンのようなものと、食物をエネルギーに変換する機能が付いていますが、そろぞれメインの動力源はかなり異なります。
核エネルギーによる半永久起動、メンテナスフリー(不要)というのが私達七体の『売り』ではありますが、本当に『核』で動いているのはアンベル姉さんだけです。
核融合だか、核分離だか忘れましたが、とにかく核……原子力だけで動いているのは一番最初の機械人形であるアンベル姉さんだけであり、バーデュア姉さんは太陽発電、オーニックス姉さんは影による雑食、私は普通の電気充電がメインです。
「ZZZZZZ……HAHAHAHAHA……ZZZZZZZ……」
姉さんは奇妙な寝息をたててすでに熟睡しています。。
いえ、あれを寝息と言っていいものなのでしょうか?
多分、あの変な笑い声は寝言なのでしょうが……。
「ファーシュ、ファーシュ、これあげますの」
フローラ様はできたばかりの花冠を私にかぶせてくださいました。



「ただいま、ファーシュちゃん〜。お姉ちゃん、ついに帰ってきましたよ!」
黄昏時。
クリアに来て以来ずっとクリスタルバレーとかいう秘境に籠もっていた姉さんが帰ってきた。
姉さんは破損箇所こそ私が全て修理したものの、消耗が激しかったので、天然放射能が大量に溢れているクリスタルバレーに籠もる必要があったそうだ。
核だとか、原子力だとか、原子エネルギーとか、放射線に放射能、プルトニウム、ウラン……その辺の原理や事情はよく解らないが、とにかくクリスタルバレーという所は姉さんにとって居心地のよい保養所、最適のエナジー補給ポイントだったらしい。
もっとも、人間にとっては最悪に居心地の悪い場所、健康を崩すどころか直接的に肉体に物凄く悪影響を与える場所らしいですが……。
「お姉ちゃん、ハッスルマッスルですよ! 絶好調です!」
「ハッスルにマッスル?」
バーデュア姉さんみたいに意味不明な単語を使わないでくださいね、アンベル姉さん。
「あはは、今日の夕飯はお姉ちゃんに任せてくださいね。お姉ちゃんの臨界パワーを見せてあげます!」
姉さんの右手には巨大なハンドガン(拳銃)が、左手には巨大な包丁がいつのまにか握られている。
姉さん、包丁はまだしも、そっちのハンドガンはなんですか?
まさか、そっちも料理に使う気じゃないですよね?
あのハンドガンは姉さんに唯一装備されている拳銃……愛銃である化け物銃だ。
50口径、装弾数4発、重量約25キロ、私にはよく解らないが、銃マニアのバーデュア姉さんに言わせると、とことん馬鹿げた銃らしい。
拳銃というより大砲、ひ弱な人間には重すぎて引き金も引けない、しかも一度に装填できる弾丸はたった四発しかないのだ。
怪力と射撃に余程の自信が無ければこんな馬鹿げた銃はとてもじゃないが使えないだろう。
「姉さん……前から思っていたのですが、その銃は姉さんには無用の長物では?」
姉さんはその銃にも匹敵、あるいは凌駕する破壊力の光の弓矢を持つ弓士なのだから。
「あはは、そんなことはありませんよ。光学兵器が効かない敵に出会うこともあるかもしれないじゃないですか。それに核エネルギーが切れたら、弓矢は作れなくなりますしね……あ、その時は先に体が止まっちゃいますか? それにですね……」
「それに?」
「バーデュアちゃんではありませんが、銃には銃の……弓にはない、発砲する快感があるんですよ♪ たまに、無性に何かを撃ち殺したくなるんです♪」
……だから、姉さん、そういったことを楽しげに笑いながら言わないでください……怖いですから……。
「そして、刃物には刃物の斬り殺す快感が……」
アンベル姉さんは包丁をかざしながら、フードから除く口元を妖しく歪める。
いや、だから本当、もういいですよ、姉さん……怖すぎです……。



「じゃあ、お休みなさい、ファーシュちゃん〜♪」
夕食後、アンベル姉さんはスキップで廊下の奥へと消えていった。
「ファーシュ、あなたの姉様……なんかやけに妖しげな笑みを口元に浮かべていなかった?」
食後の紅茶を楽しんでおられたお嬢様が何か心配するような表情で私に尋ねます。
流石です、お嬢様、直感か本能か解りませんが、アンベル姉さんの危険性を察しておられるようです。
「はい、あれは何かを企んでいる時の笑みです。罠を張ってる時や、誰かを陥れる良策が思い浮かんだ瞬間、あんな笑みをされます。罠や陰謀が成功した時の姿を脳裏に浮かべて楽しんでいるのでしょう」
「うわ……もしかしなくても、あなたの姉様って性格悪い?」
「いえ、悪いの性格よりも質です。悪質というのは姉さんのためにある言葉です」
「……そう……で、今は何を企んでいるのか、解る?」
「そうですね……タナトス様の部屋のベッドメイクをするとか言ってました」
「ん!?」
「ベッドを温めるとか、夜のご奉仕頑張りますよ〜……とか……あ、お嬢様どちらへ?」
「そう言うことはもっと早く言いなさい!」
お嬢様は疾風のような速さで、嵐のような激しさで、部屋から出て行かれました。
「お姉様のシスコンにも困ったものですの。あ、ファーシュ、紅茶おかわりですの」
「MEもネ!」
「畏まりました」
フローラ様のお付きはバーデュア姉さんなのに、まるで姉さんまで私の主人みたいな態度ですね……。
いえ、いいんですよ、姉さん。
姉さんには最初からメイドの仕事ができるとはこれっぽっちも思ってませんでしたから……。
でもですね、少しは働こう思うとか、済まなそうに遠慮するとかですね……。
「早くするネ、ファーシュ!」
「……はい、少し待ってくださいね」
まあ、私はメイドだし、メイドの仕事大好きだから別にいいんですけどね。
本来、私が仕えたいのはお嬢様にであって、姉さんにじゃないんですからね……。



「……そんな感じで毎日充実していて、とても楽しいです。オーニックス姉さんもお体に気を付けて……と」
就寝前、私は手紙を書いていた。
宛先はオーニックス姉さん。
オーニックス姉さんだけは、ハイオールド家に仕えずに、ザヴェーラとかいう妖しげな男の所に行ってしまいました。
姉さんはあの男に仕えることに決めたらしい。
なんか偉そうだし、傲慢そうだし、お嬢様やタナトス様に比べるとあんまり良い人には思えなかったけど、姉さんがそう決めたのなら私に止めることはできなかった。
「まあ、ケテル様も同じようなものでしたしね……」
ケテル様に比べれば、まだ『甘い』人のように見えたし、それ程酷い扱いもされないだろう。
何より、あの二人は闇だとか影だとか、属性……性質が近いみたいだから気が合うみたいだった。
あまり認めたくないが、確かにオーニックス姉さんにとっては最良の主人なのかもしれない。
「さてと……」
手紙も書き上げ、後は寝るだけです。
「……そういえば、私もアンベル姉さんみたいに、お嬢様に夜のご奉仕とかした方がいいのでしょうか?」
ケテル様もパープル王も私にそういうことを求めてはこなかった。
「私とお嬢様は同性ですが……お嬢様にはそちらの趣向がお有りなようですし……」
伊達にメイド(奉仕型)ではない。
ちゃんとそういった機能や知識は持っているのだ。
メイド……侍女にそういったことを求め強いるのは間違った認識なのかもしれないが、少なくとも私の制作者もそういった認識だったようである。
「お嬢様に喜んでいただくことが、私の喜びです……」
でも、とりあえず今夜は普通に一人で眠ることにしましょう。
適度なエネルギーの消費が私に充電を……人間的に言うなら、適度な疲労が、心地よい睡眠を欲していた。












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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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